人々は、彼の名前は呼ばない。
みんなから、『ドルー(彼の長男の名前)の父さん』と呼ばれている人。

彼は、羊飼いの家に生まれた。
子供のころから、羊を追いかけてきた。

彼が子供のころは、もちろんお店なんてなかったし、車もずいぶん大人になるまで見たことなかった。
彼は、羊を追いかけ、糸を紡ぎ、織ってきた。
自分の、妻の、子供や孫達の、ジャケットやショールなど民族衣装を、家族で育てた羊の毛から作ってきた。

大地を耕し、野菜も穀物も果物も育ててきた。
妻は牛を遊牧し、畑もよく手入れした。

山の中で木を切り出し、何年も乾燥させて。
石を砕き、大小の石の塊を作り、そうして家も建てた。

彼が子供の時は、みんながそうやって生きていた。
そして、彼は今もそうして生きている。

夏の高地の遊牧の旅には、もう出れないが、
遊牧の旅に出る、10代の孫のために、糸を紡ぎ、防寒に優れた民族衣装の布を織る。

彼は、プレーンの布を織る。
糸は少し太めで、紡ぎ方は緩め。
自分の紡いだ糸をパタパタと織っていく。

その動きには、全く無駄がない。

思考から始まる動きではなく、
長年繰り返してきた動きを、
体が覚えていて、
それを、丁寧に繰り返しているよう

慌ただしく見えず
正確で、効率的
ゆったりと動いているように見えるが
彼は、糸を紡ぐところから織るまでを
他の人よりも、ずいぶんと速い日数でこなしてしまう

そんな彼は
昨年、たくさんの幼馴染を
亡くしてしまった

友人が去るたびに
雪山を見つめ
寡黙な日が増えていた

それでも、彼は織り続けていた
みんなが、家の中に籠っている
厳冬期の吹雪の続く時期

頼まれていた布、織りあがったよ。
雪の降る中、彼は誇らしげに
仕上げた布を、私のもとへ持ってきてくれた

その布を織る姿に
魂がこもっているのを感じた

友人たちが旅立つなか
彼は、自分に残された時間の短さを感じているのかもしれないし。

何か自分の生きてきた人生の証明の様に

子供や孫の服を織り託し
私にも、その姿を見せてくれているように思えた

彼は言った。。。

『教えることなんて何もないよ。
 自分で見て、やってみて、考えて、
 それでもわからなかったら、
 また、見て、やってみて、考えるしかないんだと。。。』

そう言いながら、
自分の織物の作業予定を教えてくれる
私は自分の織り物の道具を持って、隣で作業をしていると
いつも気にかけ、教えてくれてる
隣に座り、彼の作業を眺めながら
細かい、あれやこれやの作業を眺めている

彼にしか織れない、布の風合いというかがあって
それは、柔らかく、素朴な、けれど丈夫な。
彼の人生そのもののような、味わいのある布が織りあがってくる。

その布に魅了された方が、私以外にもいらっしゃって
一度彼の織った、民族衣装のジャケットを購入してくださり
彼の紡いだ糸と織った、ショールが欲しいと、
名指しで、オーダーの依頼してくださる、常連さんがいる。

それを、おじいさんに伝えると、
彼は、困ったような、はにかんだような顔をして
もう目が見えないからできないかもよ。なんて言いながら
原毛と糸を持ってきな。と言い。
いつだって、誰より早く、仕上げてしまうんだ。

彼には、人を魅了する何かがあると思う

彼の日常を撮らずにはいられない

その澄んだ瞳の奥に
彼が見つめてきた
遠い羊飼いの記憶と

なにか
言葉にできない

共にいるだけで
心の奥に
何かが響いてしまうような

静寂の中の
なにかを

彼のそばで感じている、見ている、
そのことが、とても尊く
私の人生に大きな恩恵を
与えてくれているように
思うのです

おすすめの記事