日本への帰国の10日前。
おじいさんは、日本に持っていけるように織り物を始めようと言った。
この織りに使う糸は、一昨年の秋に毛刈りし、丁寧に掃除をし、洗い、紡いだもの。
そして、この一か月で二枚目の織り。おじいさんの眼差しから伝わってくるものがあった。
私の方の仕事のスケジュールは多忙を極めていた。その予定の中に織り物も入ってくることとなった。
こちらの人たちは、一人では織り物も紡ぎも洗いもしません。必ず、家族で分業して一枚の布を織りあげます。5月の投稿でも、おじいさんと一緒に織っていた布。あれは、おじいさんが主で、私が補助。として一枚を進めていました。
おじいさんは77歳、もう片方の目の視力がほとんどないらしい。
今回は、目と指先を使う織りの準備作業は私に主の方を任せられ、おじいさんはずっと補助に回りながら、関節の動かす角度など小さな手癖を直し続けてくれました。
この一か月、私の身体は驚くほど学び吸収してくれ、今まで一生懸命考えて動いていた作業を、指先、足先まで無の状態できちんと動いてくれる瞬間を感じられるようになってきました。
羊飼いのおじいさんとの時間は、心技体でヒマラヤの遊牧民の繋いできたものが、自分の中に入ってくるように感じます。
朝、6時には作業を始めるお爺さん、5時に起き水汲みや洗濯をしに行き、夕方、日が暮れるまで織り物作業をし、夜12時、時に夜中2、3時までPC作業に向かった。
この村の人たちは先祖代々の技を次の世代に口伝で伝承してきた。
教えることなんてない、自分で見て、やってみて、考えなさい。と言っていた師匠だけど、無口な彼と一緒に作業する時間で、たくさんの気持ちも技も伝わってきた。
だから、私は頑張れた。そして、おじいさんもご老体に鞭打って一緒に、日本に帰るまでにと頑張った。
途中、買い物は往復5時間ほど歩くので食料が尽きると、おばあさんが、畑で育てている野菜のおかずを分けてくれたり、野草を摘んできてくれたり、近所の人がお米をくれたり、頑張っているとみんなが助けてくれた。
目の前の畑で育った麦を収穫乾燥させ、脱穀、粉にひき、作ってくれるローカルブレッドなど、ヒマラヤの栄養満点の食事が体を支えてくれた。この麦は、ここの家族で種をつないできた、郷土特産の食物のようでヒマラヤ原種の古代小麦ではないかと思っている。
さらには、オンライン仕事は日本で多くの方にヘルプをお願いした。
たくさんの方に少しづつ少しづつ力をお借りし、皆様のお陰で織り物もその他作業もなんとか運営できています。インド、日本、国籍人種関係なく多くの皆様のおかげで心身ともに健やかであります。

そして、山を降りる前日の早朝大事件が起きる。
最近、私とよく連絡を取る人は停電が多く携帯もPCもシャットダウンしている。と連絡を受けていたと思う。その停電は落雷を伴う嵐のせいだった。
その落雷が、4000mより上の高地に遊牧に行っている、この家族の群れの中に落ちたらしい。
たくさんの羊、馬、牛、ヤギが亡くなり、遊牧に出ていた、この家族の16.7歳の少年も被雷した。大家族の男性陣総出で4000mまで救助に出かけた。
車の通りまでは遊牧地から、日本の登山地図で計算すると2日ほど。
羊飼いの家族が総出で、交代で担いでも8時間。やっと車道に出ても、そこから病院まで、山の峠を70km。
家族の全員が食事も手につかず、あわあわ、事後の処理に追われていた。
羊飼いのおじいさん兄弟は77歳と80歳。自分の先祖から受け継ぎ、増やし、守ってきた群れが、たった一発の雷でなくなったかもしれない、さらに孫まで。。。と、そんな彼らと一緒にいた。私もbellaterraとして、いつも羊毛を仕入れていた群れが壊滅したら、来年からの事も頭によぎった。
その夜、羊飼いの男の子が一命はとりとめた。と、連絡が入り、みんなの顔の緊張がゆるむ。
そして、翌朝、この家族のヒツジやヤギの群れは壊滅は免れ、詳しい被害はわからないが、群れとしてまた増やしていけるレベルだと、現地に向かった家族の一人が報告してくれた。

山を降りる前の日。普段なら一緒に美味しいものを食べたりする日。
食事も仕事も手につかなかったけど、糸紡ぎをする羊飼いのおばあさんの横で、セーターを編んでいた。編み物や糸紡ぎのおかげで必要以上にネガティブにならないですんでいた。
その羊毛も、被雷した羊の群れから頂いたもの。
羊たちへの感謝。
大地と空への感謝。
遊牧に行ってくれている10代の少年たちへの感謝。
生きとし生ける者たちすべてへの感謝。
大自然、森羅万象、それをつかさどる、大いなる存在への感謝。
すべての存在が健やかで幸せであれ。と祈らずにはいられませんでした。

そんな事件の起こった、翌朝、この家には子ヤギの鳴き声が響いています。
朝からおじいさんは洗濯に使う、木の棒を作っていました。おばあさんは、いつものように畑にいました。
親を失った子ヤギは、高地では生きられないので2700mの村までおろしてきて、おじいさんさんが育てることになりました。
家畜小屋ではなく自分の部屋で面倒見ていて、おじいさんの後ろについて、家の中に入っていきます。おじいさんは歩きながら糸を撚っています。その糸は、私が戻ってきたら一緒に織る予定の次の作品の経糸になる予定です。

昨日一日を通して、村で泣いている人を見ることはありませんでした。
まだ16.7歳の子が被雷して、早朝から手を尽くしてやっと病院まに着いたのが夕方という状況で、その家族が泣きたくないわけがない。
状況がわかるまでの間、自分の一生をかけて育んで来た、羊の群れが最悪の事態である事を考えないわけが無い。
200頭以上の羊やヤギが亡くなって、泣きたくならないわけがない。
でも、また増やしていける、群れとして機能していける個体数が残っていて、子供も生きているから。彼らは、子ヤギを大切に育てていきます。

大自然と調和して生きること。羊飼いと生きること。
強く、逞しく、そして愛情の深い人たちです。
私も、彼らと共に9年を過ごしました。
昨日は部屋でサソリを見つけてビンに捕獲したので、一緒にセルフィーを撮って、遠くの人が来ないところに離しました。

つい忘れがちだけど、私たち人間は儚い小さな小さな存在で、他の命に支えられて存在していること。。
この星に、水、火、土、風、地球が与えてくれている奇跡。
日本へ向かう前日にこんなことが起こり、改めて地球と宇宙への感謝を忘れぬようにと、自分の存在の小ささを戒められたような気持になりました。 たくさんの命が失われたことはとても悲しいです。現状としては、bellaterraと、糸紡ぎの会など活動が今まで通り子の羊飼いの家族と続けられる位には、群れは残っているとのこと。 
自分の命が、今、この瞬間あることに改めて感謝をして、この命を大切にしなくてはね。
おじいさんは織り終わったショールの写真を撮った時、「写真とショールが、日本に行くんだね〜」と笑ってた。いつ帰って来るの?と毎日、何回も聞いてくれています。

さて、今日これから、山を降ります。
地球と宇宙とすべての命のつながり助けていただいていることに、感謝しつづけられる自分でありますように。
全ての存在の幸せを祈り続けられる自分でありますように。

今日も皆さまが生きていてくださる奇跡が嬉しいです。
愛と感謝と祈りを込めて

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