うちの子供たちは、出来ないから
それは先祖代々、ずっとずっと続いてきたことだったよ
電気もなかった。いつもお年寄りが色んな話をしてくれて、その話を聞いていたんだ。
昔はね、この辺りはとても穏やかだったんだ。
朝、私の部屋にチャイとハルーアという、雑穀とギーとドライフルーツを甘く炊いたお菓子を持ってきてくれたGitaさん。ハルーアは祝いのお菓子。
お誕生日の人が家族にいる朝には、この辺りでは、朝から真剣な祈祷を行い、家中をお香と花びらと、その他の色々で清め、ハルーアやお菓子、美味しものをたくさん食べます。
今日は、末娘のシュリエルの誕生日。
ここ数日、血圧が低く体調が優れないので診療所と薬局のある、バス道路に近い村に滞在しています。
毎朝、Gitaさんはギー入りのチャイ(ギー入りのチャイはこの辺りでは低血圧の薬です)を持って部屋に来てくれていました。
朝ごはん食べないと血圧上がらないわよ!と、お茶と一緒にチャパティという発酵させていないので膨らんでいない、ナンのようなものを持ってきてくれています。チャパティは庶民の家庭料理です。
Gitaさんは、冬にも血圧が急激に下がって起き上がれず、さらに熱まで出ていた時に、毎日、3.4時間おきに様子を見に来てくれて、朝はお茶とチャパティ。昼はライスと豆カレー。午後のお茶。夜は野菜カレーとチャパティと。これが血圧にいいんだよ。これもいいんだよ!と、いつも持ってきてくれていました。
彼女は、私が低血圧なのを理解しているので、そんな時は山の家に帰らず、薬局や商店のある村(Gitaさん宅)に滞在し、食事も好きな野菜や果物を食べるようにし、Ayurvedaの薬を飲んだりし、体調が戻ったら上の村に帰ります。
違う国にいても、自分の身体のことを理解してくれて、共に暮らしてくれる方々がいてくれています。
本当に本当にありがたいことです。
ひとり暮らしの方でも、体調の悪い時だけ、親戚に甘えたりする方もいらっしゃると思います。
人種や国籍を越えて親戚の家のように、安心して共に暮らせていること。こうして海外を巡っていて経験したことの中でも、かけがえのない人生を照らす宝物のひとつです。
こちらでは、ノックはしません。最初はびっくりしたのですが、私の部屋にも、皆さんノック無しでやってきます。
そんな文化にもすっかり慣れて、少しの間、Gitaさん宅で体調の様子を見ていました。
私の部屋の真横の部屋は家族のリビングで、部屋を出ると開けっ放しのドアの内側が丸見えです。洗面所は外の違う建物ですので、部屋を出る度、彼らのリビングも丸見えです。
Gitaさんは、私が部屋の出入りをする時の10回に5回くらいは、編み物をしているのを見かけます。
彼女は一生懸命、日々、編みや紡ぎの仕事をしてくれていて、BellaTerra のレッグウォーマーを作成してくださっています。
彼女には、二人の娘さんがいて、上の娘さんが都市部の医大に下宿しながら通っているのです。日本と同じく医大は学費が高いようです。
この辺りでは、日本でだったら地域の総合病院で診てもらうような事、単純な骨折でも80km離れた街へ、内科系の病気は150kmも離れた街などに、村のみんな通っています。
年に数回帰ってくる医大生の娘さんグンヌちゃん。前回、冬の時期に帰った時には、進学し都市部の様子を見て "ここには、医療の発展も必要だと思う。"と色んな考えを話してくれました。
Gitaさんが一生懸命レッグウォーマーを作ってくれて、お金をお渡しすると、まずはそのお金を祭壇にあげて、そのお金は、全額、娘たちの学費に渡している様子を何度も見かけました。
インドでは女の人がお金を稼ぐということがとても難しいのです。さらにGitaさんの旦那さん、メシュさんも男の人ですが、小さい頃からもちろん家族でウールのことはやってきたよ!といつも手伝ってくれています。
グンヌちゃんも、シュリエルちゃんも、今では、日本とのフェアトレードで自分たちの学費が払われていると知っていて、親戚のおばちゃんに接するように、私に懐いてくれています。
(他にも何人か学費がかかる歳頃の子供を持った、作り手さんがいます。)
中学生だった二人の娘さんも、今では医大生と、大学受験生になりました。グンヌちゃんは、昨年の成績が学年トップ5に入り、授業料の大幅免除が受けれることになりました。
私は、そんな子供たちの成長の話を聞くと、とても嬉しくて、血は繋がってないんだけど、なんだか、自分の存在にまで、なにかの意味があるように思えてしまうほど。
子供たちの夢や頑張りを、そして成長を見せてもらうことは、共に感じさせてもらえるのは、たくさんの学びや、仕事への原動力、幸せを感じさせてくれます。もちろん反抗期の子などもいて、子供たちと向き合うのは大変だ。と思うこともありますが。
BellaTerraでは、お仕事を工房に出す(家業として成立している)人に出すのではなくて、普通の暮らしをしている方たちに、その暮らしを守りながら、製作、収入を得て貰えるようにする。というポリシーがあります。
日本の規格に合わせるのが大変だったり、上手くいかないことも沢山ありますが、組織として形をしっかり作って、お金の力を使って、その中に彼らをはめこもうとしても、上手くいかないことはわかっています。
ここの方たちには、お金をもらっているから会社のために献身すると言った価値観がありません。賃金労働の価値観も、日本のようにはないのですから。
ここにあるのは、人にも、動物にも、自然の環境にもサスティナブルな働き方。
自分ができる範囲で、自分の良心や、誇りに基づいて働く。
肉体労働ばかりの山の暮らしですが、牛を飼う人も、羊を飼う人も、それが好きだから。それをする。仕事に対する根本の概念が、好きだからする。
賃金をもらうにしても、上司とか、社長とか、部下とかって言う価値観はありません。
だからこそ、家畜に対しても、おりに閉じ込めて楽に育てる。という感覚ではなくて。大変だけど遊牧すると、牛の乳も沢山出るし、馬も強く長生きしてくれるし、羊の羊毛も良質になる。
家畜は大切な財産として、使い捨てのような割り切った関係ではなくて接している。そのような関係性が、サスティナブルに続いてきた人と動物との生きるための関わりで、そのような関係性は、ほかの動植物、地球環境ともしっかり循環しあえるのでしょう。
ここに来ると、愛。の形がなんだか違うような気がします。
動植物との関わり方、地球との関わり方、経済の循環の仕方において、サスティナブルであることにおいて、1番根底にある事って、愛。ということなんだと思います。
誠の愛。というものは、なかなか到達出来ぬ、尊く修練が必要なものだと思うのですが、人のひとつの資質として、純粋な愛の種を持っていることは、とても喜ばしいことだと思うようになりました。
ところで、Gitaさんのレッグウォーマーは、もう、書く必要もないでしょう。というくらい、いつもながらに、素晴らしいできです。
本当に、このレッグウォーマーは、ファンが多くていつも売り切れです。
骨折してしまった方などは、痛い場所につけてずっとつけていました。と仰って頂いたり 、1度、レッグウォーマーつけると、外したくなくて、いつも履いてるよ!って言っていただいたり。毎年、リピートで買っていただく方もいらっしゃるような商品です。
どうしてこんなにファンがいるかって、理由はきっと、羊も、作り手も、それを育む環境も、私と彼らも、愛で循環しあっているからなんだと思います。
誠の愛とは。。。そんな高尚なことまだ分からないのですが。
レッグウォーマーのつけ心地に感動、驚かれる方が多いのは、愛の循環の形だからなのではないかと思います。